「空腹は最上の調味料」という言葉を知っていますか?
古代ギリシャの哲学者・ソクラテスが言った「Hunger is the best sauce(空腹は最高のソース)」がもとになっているとも言われています。今回は漁師生活で気がついたもう一つの最高の調味料についてお話しします。
まず、どうして僕が漁師をすることになったのかをお話しすると、大学を卒業後、4年間は全日制の高校で働いていました。その中で、自分の教科の専門性を高めたいと感じ、「一度仕事を辞めて学び直す必要がある」と考えるようになりました。そこで、出身大学の科目等履修生として単位を修得し、「水産」の教員免許を取得することを目指しました。
大学の授業を受ける傍ら、大学生時代にお世話になっていた教授の紹介で地元の漁師さんのもとで働くことに。こうして、週5日朝3時に起きて漁に行き、そのあと9時から大学の授業を受ける生活がスタートしました。
ウキウキしながら初めて船に乗ったのも束の間、周りを囲む海の男達の空気に圧倒されました。僕の足の倍くらいの太さの腕を持つ元アメフト選手やその昔、京都の海を荒らしまわった海賊の末裔(実際に海賊行為をしていたわけではなく、京都の海の魚を漁獲しまくって地元の漁師に恐れられそう呼ばれていたという意味)、そして、カフェで面接をしてくれた優しいおじさんだった社長は、頭に鉢巻を巻いてすっかり海の男になっていました。
漁師の世界では、優しく仕事を教えてくれるなんてことはありません。アンテナを全開にして自分で仕事を見つけ、見よう見まねでやっていくしかないのです。そして、間違ったことをすれば怒号が飛んできます。というのも、漁師の仕事は本当に死と隣り合わせで、ロープの結び方を間違えば大事故につながりますし、やり方を間違えて魚を傷つけてしまえば大損害を出してしまうのです。
もっぱら、僕の仕事は、鉛の練りこまれた重い網をひたすらひっぱりあげることでした。次の日には、指が固まって動かなくなり、毎朝痛みに耐えながら指が動くように「グーパーグーパー」を繰り返し、家から漁港まで向かっていました。おかげで指が太くなり、婚約指輪のサイズが合わなくなり、つけられなくなってしまいました。
そんな、漁師生活にもいいところはあります。それは、毎日海の恵みをいただくことができること。車には常にクーラーボックスを積み、その日採れた魚を持ち帰っては刺身にして毎日食べていました。最初はアジを捌くのにも苦戦していたのに、最終的にはキッチンで6kgのブリを捌けるほどに。採れたての魚の味は格別で、何より採るまでの過程や苦労を「知っている」ということが大きかったと思います。
こちらが6kgのブリ
サワラの刺身
魚を獲るまでの過程や苦労を知ることで、味の感じ方が変わった──。魚を食べられることを「ありがたい」と感じ、より美味しく感じるようになったのは、漁師の方の働き方について話を聞いてからでした。一般的な会社員には有給休暇があります。自己都合でお休みを頂ける制度ですが、漁師の“有給休暇”は「海都合」です。海が荒れたり、時化(しけ)たりしたときに仕事が休みになる。それが、漁師にとっての“休暇”だと聞きました。自己都合で休めるのは、年間わずか4日ほどだそうです。そんなライフスタイルに支えられて僕たちの食卓に魚が届けられているということを知ると、あらためて、ありがたいと感じ、より美味しくいただくことができると思いました。
実際に漁師として過ごしたのは半年ほどで、本当にきついと言われている「冬の海」は経験できずに終わってしまいました。それについては心残りですが、この半年間は、僕の人生の宝物です。